ドラえもんのポケットから出てきた『どくさいスイッチ』
- 中村 彰宏

- 1月3日
- 読了時間: 4分
自分と違う意見は邪魔なもの?
ドラえもんの
『どくさい(独裁)スイッチ』
が教えてくれる政治の本質
はじめに
皆さんは、『ドラえもん』に登場する
「どくさいスイッチ」という道具を覚えていますか?
子供の頃は「嫌な奴を消せる便利な道具」だと思って見ていたかもしれません。
しかし、大人になり、社会や政治に関わるようになった今、この物語を読み返すと、そこには恐ろしいほどの「政治の本質」と「民主主義の危機」が描かれていることに気づかされます。
今回は、このエピソードを通して、私たちが目指すべき社会のあり方について考えてみたいと思います。

「どくさいスイッチ」があぶり出す人間の欲望
物語は、
いつも通りジャイアンにいじめられ、スネ夫にのけ者にされたのび太が
「あいつらさえいなければ!」
と泣きつくところから始まります。
そこでドラえもんが出したのが
「どくさいスイッチ」
このスイッチを押すと、対象となった人間は最初からいなかったことになり、世の中から消えてしまいます。
のび太は最初こそ戸惑いますが、あまりの腹立ちに次々とスイッチを押し、自分に反対する人、気に入らない人を消していきます。
そして最終的に、寝ぼけて「誰もかれも消えてしまえ!」とスイッチを押してしまい、世界に自分一人だけが取り残されてしまうのです。
「異論」がない世界は、本当に幸せか?
独裁的な政治や、批判を一切許さない姿勢は、一見すると「物事が早く決まって効率的」に見えるかもしれません。
• 「反対意見ばかりで話が進まない」
• 「批判ばかりしている人は邪魔だ」
政治の世界でも、時としてそんな声が聞こえてきます。
しかし、のび太が最後に直面した「誰もいない静かな世界」は、決して幸せなものではありませんでした。
自分と違う意見を持つ人がいるからこそ、自分の間違いに気づける。
自分と違う感性を持つ人がいるからこそ、社会は豊かで彩りあるものになる。
「どくさいスイッチ」の物語は、「異論を認めない社会の行き着く先は、死んだも同然の孤独な世界である」という強烈な警告を私たちに発しています。
民主主義の根幹は「多様性の尊重」にある
私たちが大切にしたいのは、一部の誰かが決める政治ではなく、多様な市民の声が反映される政治です。
自分と違う意見を排除するのではなく、
「なぜ、あの人はそう考えるのだろう?」と歩み寄り、議論を重ねる。
それこそが民主主義の、面倒だけれど最も尊いプロセスではないでしょうか。
最近の政治を見ていても、批判を封じ込めたり、数の力で押し切ったりするような「どくさいスイッチ」的な動きが散見されます。
しかし、特定の誰かにとって都合の良いルールばかりが作られる社会は、いつか必ずのび太のような孤独と行き詰まりに直面します。
おわりに
のび太は最後、ドラえもんが仕掛けた「消えた人は戻ってくる」という仕組みに救われ、ジャイアンに殴られても「世界に人がいる喜び」を噛みしめました。
私たちが今、向き合わなければならないのは、単なる「誰がリーダーになるか」という問題ではありません。
誰かに政治を「お任せ」し、自分と違う意見を「どくさいスイッチ」のように排除し合っている間に、私たちの生活の基盤は奪われ続けています。
内海聡先生が「無所属連合」の考え方で説くように、今の日本に必要なのは、既存の政党や特定のイデオロギーに依存しない、市民一人ひとりの「自立」です。
誰かが変えてくれるのを待つのではなく、私たち自身が自分の足で立ち、たとえ考え方が少しずつ違っても「守るべきもの」のために緩やかに連帯していく。
特定の「独裁者」や「カリスマ」を求めるのではなく、市民一人ひとりが主役となって政治を取り戻す。
それこそが、独裁の対極にある「真の民主主義」への第一歩です。
日々の生活やSNSの中で、自分と違う意見に出会ったとき、心の中に「どくさいスイッチ」を隠し持っていないか、一度立ち止まって考えてみませんか?
多様な市民が自立し、対話を重ね、自分たちの手で未来を紡いでいく。
そんな「市民がつくる政治」を、皆さんと一緒に実現していきたいと願っています。
多様な意見が混ざり合い、議論が絶えない、そんな「騒がしくも温かい社会」を、皆さんと一緒に作っていきたい。
『ドクサイ』まみれな世の中で、
『ドンくさい』私は微力ながら
そう願っています♫
またランチでもしながら
お話しましょネ♫








コメント